タイに残る狩猟採集民族を研究

ミャンマーとの国境にいろいろな山岳民族が住んでいるのは、在タイの日本人でもご存じでしょう。しかし、タイにも狩猟採集民族が残っている、といわれると、どうでしょうか。アフリカではブッシュマンなどが有名ですが、そういった民族というか種族がまだタイに残っているといいます。

　それを研究しに来ているのが二文字屋修さん（25歳）。昨年８月、初めてタイに来て、その狩猟民族、ピートンルアング(ピーはおばけ、トンは木の意味、ルアングは黄色い)といっしょに１ヵ月間過ごしました。そして、この３月に再びやって来て、まずはバンコクでタイ語を特訓し、そのあと、チェンマイ大学の外来研究員として、この貴重な狩猟民族を分析、研究します。

　このピートンルアング、地元ではムラブリと呼ばれている人たちですが、全体では300人ほどが生活しています。北部のナーン県、そしてプレー県にも何人か。ラオスにも20人ほど残っているといいます。タイ政府の保護の対象になっており、生活環境の整備などの援助がありますが、彼らの生活自体は貧しく、生活レベルはタイでの最下層に属しているといいます。

　ムラブリが発見されたのは、90～100年前。「森の人」という意味で自分たちをムラブリと呼んでいます。19世紀まではラオスの山岳地帯に住んでいて、その後、タイに移住してきたといわれています。　

　そして、移動型の狩猟採集を行なっていたわけですが、農耕型のモン族らが定住したあとも移動型をつらぬき、定住をするようになったのは数十年前から。そのため、農耕なども行うようになりますが、先に定住したモン族らに使われる立場になり、生活は豊かではありません。

　そのほか、重要な収入源として、観光客への見せ物があります。石器や未開というキーワードで「過去の人類生活」を再現し、ムラブリの男性ははだか同然で小さな動物を狩猟したり、女性は植物の根っこを採集したりして、デモンストレーションを行います。

　ところで、二文字屋さんがこれら狩猟採集民族をライフワークにしようと決心したのは、桜美林大学の比較文化コースで学んでいた時です。そのころ、国際協力をしたいと思い、越冬支援活動に参加しました。これは日本人のホームレスが年越しの間、食事などが不足する時期に助け合って炊き出しを行うものです。愛知県での炊き出しに12月27日から１月４日まで参加し、ホームレスと生活をともにしました。

始まったころのある昼食の時、親子丼のようなどんぶりものを、自分で食べようとしたとき、からだが拒絶反応を起こし、吐き気をもよおしましした。まわりには知られたくないという気持ちでしたが、「国際協力をしたい、草の根の活動をしたい」と言っておきながら、ホームレスの人たちと同じ食事ができない。お皿の匂いが気になったりする自分に、ショックを受けました。

　しかし、そこでやめたいと思うのではなく、もっとホームレスの人たちのことを知りたい、と強く思いながら炊き出しを全うしました。その中でいろいろな部分が見えてくる。トヨタの派遣切りにあった人たちが日雇い労働に就き、ホームレスになる。意外と彼らの間には連帯意識が強く、孤独だと思っていたホームレスは、お互い助け合って生きていることがわかりました。

　もともと自分もさまよえる人間だったのかもわかりません。父は日本人、母は台湾人。日本で生まれ、すぐに台湾に行きます。そしてまた日本へ。小学校４年ごろからいじめに合いました。台湾の母の実家に帰っても、やはりことばがわからず、なじめない。

　このままではダメになってしまう、という時期、ちょうど高校進学の時に父が心配して、勧めてくれた山形県にある全寮制のキリスト教の独立学園を見に行きました。ここでならやっていけそう、と希望を持ち、共同生活の中でいろんなことを学び、人生のスタートを切ったように感じました。

　もちろん、25歳の日本人ですから、バンコクでは遊びに行く時は「クラブ」などにもいきます。今はしっかりと前を見据えられ、自分のやりたいことをライフワークにできる。そんななかでタイの狩猟民族の実態を調べ、またいつか報告したいと言います。

　また、彼の指導教授である綾部真雄さん（首都大学東京・人文科学研究科　准教授）によると、「二文字屋君は、学部時代から、長らく名古屋のホームレスの人々と起居をともにしてきた経験を持ち、タイのムラブリに関心を寄せたのはけっして偶然ではないでしょう。

(国家という制度のなかで周縁化している「弱い」存在であるにもかかわらず、一方で、そうした制度的枠組みに収まりきらない「ノマド」としての自由闊達さと気高さも持っている。

それが両者の共通点かもしれません。だからこそ、彼は社会的弱者としてのムラブリを支援するという立場こそ捨てないものの、同時に、森の叡智を身体に刻み込んできた彼らから、ほとばしる「生」の意味をも学ぼうとしているようです」と、彼のムラブリの研究に期待を寄せています。